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唐松岳~五竜岳2


唐松山荘裏山にて、ご来光


夜明けの情景
朝4時に起きた。私は普段から山小屋時間で生活しているので特に早いわけでもない。隣の相棒はまだ寝ている。
我々の寝室は一番奥、すぐ隣は引き戸で仕切られた洗面所だった。その為に夜じゅうひっ切りなしに人が出入りし、
ガラガラガラ、ピシャッ!!中には深夜におかまいなく乱暴に開閉する不心得者がいて眠りを妨げたのだった。
外は素晴らしい夜明け前、周囲の山々が青黒く見渡せる。昨日は姿を見せなかった黒部側の剱・立山連峰の稜線も青黒いシルエットを見せていた。 唐松岳山頂には幾つもの小さな明りが動き、登山道にも明りが移動していくのが認められた。 山頂で日の出を迎える登山者が多いようだ。我々は本日長丁場なので、山荘裏山に登り日の出を待つ。そこも山頂に劣らず360度の大展望だった。
北東側は一面の雲海で、その先端雲海線上に夜明けを示す朱色の帯が細長く広がっている。その状態から日の出までが長いのだった。急激に冷え込んでくる。近くにいた家族連れはまるで冬山スタイルだった。
やがて日の出とともに剱・立山連峰、白馬三山など北アルプス高峰群がモルゲンロートに染まる。神々しいまでの山々に我々は見とれるばかりだった。

夜明けの白馬三山


縦走路
唐松山荘は峠状の場所に建つ。建物正面から黒部へ下る道は祖母谷(ババダニ)へ至る長大な難路、唐松山頂からさらに西進するルートは不帰ノ嶮を経て白馬へ至る嶮路、 唐松岳とは反対側のピークを巻くように下っていく道が本日我々が辿る五竜岳を経てさらには鹿島槍へと続く後ろ立山連峰の主縦走ルートである。 いずれの道もハイキング気分で歩ける道ではない。景色に見とれて予定より少し遅れて5:40出発となった。小屋では既に朝食が始まっていた。
山腹を少し巻くといきなり岩稜の下降となる。最低鞍部まで高低差約250m、長い岩稜の急降下の始まりである。
垂直の崖を下る筆者、撮影kennzou氏
あらかじめストックはザックに収め両手をフリーにしておく。 両手を鎖に頼るとかえって不安定になる。片手を鎖、もう一方は岩壁に手掛かりを求める。 足場は豊富にあるので、確認のうえ慎重に行動すれば問題ない。 最初の長い鎖場降下が終わると岩壁のトラバースが待っていた。転落するとただでは済まない場所の連続である。 鎖は身体確保の目的はもちろん、最適ルートを示している意味もあるので、鎖から離れてしまうと危険である。 岩壁上に求めた手掛かりが剥がれそうに動くことがあり、ホールドの信頼性を確認する前に体重を預けると危ない。崖の下方に視線を移すと目が眩むので私は足元手元ばかり見て、時折前方ルートを確認しながら移動した。
私はトップを務めたが、kennzouさんの方が身軽だった。岩場のスリルを余裕で楽しんでいる風である。次回機会があればトップは是非とも譲りたい。
こうした長く恐い鎖場を4~5か所通過し、その後もしばらくは急坂が続いた。鎖場を過ぎても三点支持に慣れた感覚が二足歩行に不安を覚え、支点に掴まりながらの降下となってしまう。 1時間余りで最低鞍部に着いた。その先は緩やかな登りが続き、快適な林間の尾根歩きとなる。足元には花が多く咲き、随所で雄大な展望を楽しむことができた。唐松小屋を出て三時間足らずで五竜山荘に到着した。


五竜岳
山小屋の朝は早い。山荘の登山客は既に出払っていた。ザックの仮置場にはたくさんの大きなザックがデポされていた。
私は大分疲れを感じていたので五竜岳登頂を省略する考えが浮かんだ。計画段階からこのことは想定していた。長大な遠見尾根を下りきる余力を残しておくことが肝要だった。
だが山頂まであと一時間余り、五竜岳の雄姿は目の前にある。しかも空身、おまけに相棒はまだ余裕がありそうに見え、山頂アタックの中止を申し入れたらガッカリするだろう。何より自分自身が悔しい。 結局私は登頂の仕度を始めた。ポシェットに水とカメラだけを入れた。身軽になるため弁当は戻って取ることにした。山頂は晴れ渡り間近に大きく聳えていた。またとない登頂日和である。 登路を下から視線で追うと山頂直下が切り立って嶮しそうで、その前にもピークが一つ立ちはだかっている。登山道には点々と登山者が見えた。
意を決して出発する。ザックを降ろし身が軽くなった分体がフワついている。かえってバランスが悪い。登りはいいが下りは不安だ。身軽なはずだが足が揚がらない。私は下を向いたままトボトボと進む状態になった。
後ろから私の状況を見つめていたkennzouさんが、山頂目前のピークにさしかかる辺りで声を掛けてきた。
"戻りましょう" 私は直ぐに賛意を示しながらもkennzouさんには登頂を勧めた。だがkennzouさんは私と一緒に一引き返したのだった。 既に七合目辺りまで登っていた。だが本当に体力を消耗するのは此処から先であることを二人とも承知していたのだ。私は自分の力不足で友にまで山頂を断念させてしまったことを詫びた。

唐松から五竜岳を望む


遠見尾根
時間的に充分余裕ができた我々は五竜山荘のベンチで弁当を食し大休止とした。
休憩中に北側山腹からガスが駆け上げ、たちまち稜線の下方は隠されてしまった。展望はもう充分だった。これから高度が下がるに連れて暑くなることが確実だ。ガスの中を下る方が楽なのである。
下山コースは山荘の裏側のピーク白岳へ一旦登り遠見尾根へ乗る。休憩で多少元気になった私は、この登りでたちまち疲労が復活した。山荘から尾根に乗る巻き道を何故整備しないのか、手前勝手な愚痴が出る。
尾根の上部は西遠見まで嶮しい道の急降下が続き鎖場も多い。もっとも唐松山荘直下の鎖場に比べれば傾斜は緩く緊張するほどの場所はない。 だが疲労でバランスが崩れる私は鎖に頼る場面が多くなってしまった。この辺りはkennzouさんに先導してもらう。
西遠見には小さな池があり、難所を脱して一息つくのに究竟な場所である。ここから先は樹林の中を延々と歩く。中遠見への登り返しが大変きつい。顔をしかめて拷問を受けている思いだった。
中遠見の山頂は狭いながらも開けたピークで展望が良い場所。だがガスの中である。個人の遭難慰霊碑が建立されていた。
小遠見山は巻き道があり、躊躇なくそちらを選択した。このピークは素晴らしい展望のようだが、どのみちガスの中である。この地点でも標高2000mを維持している。
二ノ背髪と呼ばれる小ピークの標識にアルプス平へ45分とあるのを見出して、私は何とか生還できる見通しが立ち安堵した。重い足取りの我々だが、存外に標準タイムでここまで歩いていた。 一風呂浴びても充分電車に間に合う余裕があった。私は中休みを申し入れし、温存していたナシをむき二つに分けた。疲労時の果物は実に旨いのである。 水は小屋を出る時点で1500cc 用意していたが、500ccほど残っている。水分も気兼ねなく補給した。

長い階段を下り、アルプス平の自然庭園に入る。ゴンドラ駅は下方に見えていた。だが遊歩道は地蔵の頭と呼ばれる展望ピークへと登山者を導き、再び登りを強いるのだった。
地蔵の頭からスキーゲレンデ最上部に降り立つと、リフトが営業していて、クラブツーリズムのバスツアー客が大挙して上がってきた。 このリフトはゴンドラ乗り場のずっと先まで下ってしまうので、ゴンドラの乗客は利用できないのだった。我々は仕方なく舗装された園内の遊歩道をダラダラと下る。この15分がとてつもなく長かった。
ゴンドラ【テレキャビン】下の駅、遠見にはゲスト施設エスカルプラザが営業している。kennzouさんの下調べで入浴施設があることを承知していた我々は早速利用した。 広く清潔でお湯はぬるめ、汗を流し疲れを回復させるに理想的な施設だった。テレキャビン利用者には割引券がもらえる。割引料金は500円で手頃だった。 しかも神城駅まで無料のシャトルバスを利用させてもらう。風呂上がりに20分歩くのはつらいので大変ありがたいことだった。
一足先に風呂から上がった私はロビーでビールを飲んだ。たちまち生き返った私は"次は何処にしようか"などと反省より先に懲りない思案が浮かぶのだった。

mr.kennzou

2009.09.04 掲載


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