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燕 岳  2

表銀座縦走路、右端に大天井~左奥に常念、左やや手前に燕山荘


合戦小屋を後にして、2488m三角点を過ぎて展望が開けてきた。森林限界を超えた灌木の梢でウグイスが鳴いている。
そして見上げる頂に燕山荘が姿を現した。もう遠い距離ではない。ところが先へ進むに連れて小屋は後ろにさがるのだった。
ようやく山荘は目の上、しかし直線的に登る道はいかにも険しい。いよいよ近づくと道は山腹を巻き、テント場から山荘の玄関へ導かれる。積雪期には直線コースとなるようだ。
山荘の広場には何組ものグループがくつろいでいた。山荘は表銀座縦走路と燕・東沢岳周回路の分岐点に建てられていて四方の展望が開けている。 燕岳は西側に聳えていた。私には初対面の山である。美しい山だ。
もう日が傾き始める時間で、遠景は霞んでいる。
受付はピークを過ぎたのだろう、空いていた。多くの登山者は登山口の駐車場で仮眠し、夜明けとともに歩き出すようで、昼には山荘に到着していたのだった。
指定された寝場所まで係員が案内し、トイレ・洗面所や食事時間などを教えてくれた。とても親切である。もっとも案内無しでは目的場所に着くのは難しい。 なにせ600人収容の小屋である。いくつもの廊下・階段を複雑に越えて行く。 廊下の両側は蚕棚で、宿泊客が詰め込まれていた。ピーク時の受け付けの喧騒が聞こえてくる気がした。

夕食の7時までにはまだ2時間ある、大部屋でゴロゴロしていても息苦しいだけだ。 ペットポポトルに詰めた日本酒とサキイカとカメラを持って、サンルームの売店でスーパードライのロング缶を購入し、外に出た。 売店では生ジョッキが飛ぶように売れていた。広場のテーブル・ベンチは全てふさがっていて、相席は気が引けるので、私は一人石積みの天端に腰をかけ、山々と対峙した。
槍は時折雲の間から穂先を覗かせていた。正面は高瀬渓谷を挟んで野口五郎岳から三俣蓮華岳へ至る北アルプス高峰が連なっている。 それぞれの山の姿を知らない私は地図で確認しながらも同定はできなかった。
南側の大天井岳は目の前、常念へと続く表銀座は縦走の魅力に溢れていた。
時間が経つにつれて周囲のテーブルは賑わってきた。燕山荘はビール・酒・ワインなどのアルコール飲料、おでん・もつ煮など豊富なつまみ、さながら天空の居酒屋だった。 汗をタップリ流してやっとの思いでたどり着き、周囲に広がる絶景に、仲間同士で盛り上がらないはずがないのだった。
単独客が見当たらない山荘広場を後にして、私は縦走路を先に進んだ大岩に一人座って寂しくチビリチビリと酒を飲んだ。花崗岩が砕けた砂地にはコマクサが群生していた。
やがて夕暮れとなる。日没を見ようと、小屋前の広場は群衆で溢れんばかりとなっていた。鷲羽岳の辺りに陽は落ちた。

朝食は最初が4:30、続いて5:15,6:00と3回に分かれる。都合のよい時間に食事すればいい。
私は山頂でご来光を迎えるべく、4時過ぎには小屋を出たので、その後、小屋に戻って5:15からの朝食を取るつもりでいた。が、 夜明けのひと時は全山が輝く瞬間、その最中に途中退席などはできない話だった。結局私は朝食を取る時間を失ってしまった。
小屋を出た時はまだ薄暗く、明るい星は未だに煌いていた。快晴のようだ。東の地平線は細長く朱に染まっていた。山頂は小屋の混雑をよそに、わずかに数人が日の出を待ち構えていた。 周囲の山々が黒々と浮かぶ中、餓鬼岳から有明山を結ぶ稜線の輝きがだんだん増してきた。北の風がやや強く、非常に寒い。私は冬シャツにレインウエアの上着を着込んで寒さを凌いでいた。
東餓鬼岳付近から日は昇った。黒々としていた山々が輝き始める瞬間だ。槍の穂先は真っ先に日を浴びる。立山の左に五色ヶ原を確認した。 いつまでも居たい山頂だったが、新たな一団が上がってきた。狭い山頂だ、場所を譲らねばならなかった。

山荘を離れる前に、裏手の展望台へ行ってみる。安曇野を見下ろし、雲海に浮かぶ八ヶ岳の展望が良い場所である。富士山を確認した。
一人の見送りもなく山荘を離れる。私は出立時の喧騒に身を置きたくない気持ちが強かった。数組が先行しているのを上から確認したが、合戦小屋で自分が先頭に出たようだった。 中腹から途切れることない登山者に捕まり、すれ違う際のマナーの悪い登山グループも少なくなく、イラ立つ気持ちを抑えながら、それでも大分早い時間に下山することができた。
中房温泉9:40のバスに乗り、列車待ちの時間に穂高駅周囲で腹ごしらえのつもりが、まだ11時前、開店している店がない。 仕方ないので松本で弁当でも買おうと思っていたところ、大糸線の電車が遅れて、予定したあずさ16号への乗り換え時間がなくなってしまい、かろうじてビールと酒を購入して列車に駆け込んだ。
車内販売は買いたい物がない。八王子駅構内の立ち食いソバが本日初めての食事となった。

朝日を浴びた槍ヶ岳

2012.08.10 掲載

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