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コース&タイム JR上越線8:28土合駅8:45~9:30マチガ沢出合厳剛新道登山口9:40~11:50ガレ沢の頭12:00~ 13:45山頂トマノ耳&周辺14:15~15:00熊穴沢避難小屋15:10~15:45天神平ゴンドラ駅 所要時間;7時間 歩行時間;6時間 大船駅を4:02 に出るムーンライトながら号を利用すると(当時、2010以降廃止)、上野から各方面行の初電に間に合い重宝する。この列車は青春18きっぷの有効期間中は混雑する。今回も空席はない。乗客は皆疲れた様子で寝ていた。 東京から京浜東北で上野へ、高崎・水上各駅で乗り継ぎ、土合駅に8:28に着く。この駅の下りホームは谷川岳を貫く清水トンネル内の地底にあり、六百数拾段の階段を上がらなければ地上へ出ることができない。 この程度の階段で息が弾む者は入山してはならない、と試されているかのようだった。 駅前から緩やかに舗装道路を登り、遭難者慰霊碑に立ち寄り、早くも観光バスが数台駐車しているロープウェー駅を通り過ぎ、土合駅から45分でマチガ沢出合に着いた。 今回のコースは高低差が千二百数拾mあり、日帰りで往復した場合には私の脚力を超えている。だが、下山に高低差600mのゴンドラを利用するので、何とかなるだろう。 マチガ沢の出合で休憩し、マチガ沢奥壁の荒々しい姿を初めて目にした私は驚愕し、思わずため息が漏れた。 谷川岳東面の岩壁群は聞きしに勝る大迫力で、まさに神々の岩壁であった。 私が観光目的ならば、目前に迫る大岩壁に驚き見とれ、そして谷川岳岩壁群の神髄と云われる一ノ倉沢へワクワクしながら移動したことだろう。 だが、私は屹立した奥壁の最上部をこれから目指すのだ、はたして可能か?その不安故に漏れたため息だった。 往復ともにゴンドラを利用すればよかったか、ふと後悔の念がよぎる。 私の場合は、こういう場面では戦意高揚より後悔の念が先に立つ。登山を趣味にする者としては、いささか情けない。 空を見上げると、高曇りで薄日が差す。雨の心配はない。予報では、天候は上向きである。 靴紐を締め直し、標識に従い登山道へ入った。 厳剛(ガンゴウ)新道、★この風変わりな名前の云われを私は知らない。軟弱なハイカーの入山を禁じているかのような、ネーミングではある。新道とは西黒尾根登山道に対するものだろう。 ★ 後に、このルートを開発した地元営林署職員お二方の名前を取って命名されたことが分かりました 歩き出してしばらくは緩やかな小沢沿いの登りで、低木が多い樹林帯を行く。眺望はないが、水辺なので涼しく快適である。途中の冷たい沢水で1Lペットポトルを満たしておいた。 小1時間で第一展望台と記された見晴らしの良い場所に着いた。 マチガ沢の全貌が見渡せた。中腹から源頭にかけて大きな雪渓となっている。振り返ると、白毛門から朝日岳にいたる堂々とした稜線が眩しい。絶好の撮影ポイントである。 私はこの場所を知らなかったので、ここまで既に何枚かフィルムを無駄に消費してしまった。今回はデジカメと35mm両方を持参している。 ここから先は急登の連続となった。 最初の鎖場は難なくこなした。 次の鎖場で躓いてしまった。 高さ10mほどの幅の広い岩壁の左サイドに鎖が取り付けてあったのだが、そちら側は手掛かりが少ないので、私は簡単そうな右サイドを鎖に頼らずに登ってしまった。 登り切ってから、その先にルートがないことに気がついた。一旦鎖基部へ降り鎖側を登り直すか、左へトラバースするか、どちらかである。 しかし、難儀しないで登れた壁だが、下りるとなると容易ではない。降りるにはまず足場が必要だが、これを探すのは登りの数倍難しい。 岩壁でルートを誤り行き詰ってしまうと、そこから転進するのは容易ならざることを今さらながら思い知った。 ここでは、鎖はペンキマークの役目を持っていたのだった。以後は忠実に鎖を辿ることにしよう。しかし、問題は今の局面打開である。 いろいろ逡巡したあげく、爪先だけが乗る僅かばかりの足掛かりと、体重を乗せると抜けてしまう草と、指先だけが掛かる突起など、頼りにならないホールドを頼りに恐々とトラバースした。僅か6~7mの水平移動であったが。こんな所で10分近くもロスしてしまった。 気を引き締めなければならない。 まず、ストックをザックに仕舞う。腰に巻いておいたシャツもザックに仕舞う。次にズボンの裾をソックスの内側へ仕舞いこんだ。そして、両手を大きく2~3回振った。 こうしてチャレンジャーへ変身した。今や気分はクライマーである。 さらなる鎖場・梯子を数ヶ所通過して、西黒尾根と合流した。 合流点はガレ沢の頭(コル)と云い、森林限界を超えた稜線上なので、一変に展望が開けた。 標高は1516m、マチガ沢出合からおよそ700m登り、残りは450mである。ロープウェーの上の駅・天神平が下方に遠望できた。 此処は休憩に適した場所である。予定時間を超過していたが、第一展望台からここまで休憩適地がなかったので少し休むことにし、水分・エネルギーを補給した。 行く手には、100mほどの険しいピークがあり、その先の見通しが得られない。目前のピークが本日の山場だろう、あと少しの頑張りだ、と勝手に想像して、予定より20分遅れて出発した。 ピークに立つと、行く先々のルート全てを眺める事が出来た。 目前はヤセ尾根で、その先に傾斜角をグングン増して鋭く岩稜が聳え、その岩稜の上部には巨岩(ザンゲ岩)が据わり、やや右カーブしたその上に二つの頭峰を認めることができた。目指す山頂トマノ耳・オキノ耳である。 私は身震いした。本日のクライマックスはこれから始まるのだった。クライマー気分が早くも萎え、たちまち軟弱ハイカーに逆戻りした。無理だ、ここから西黒尾根を下山しよう、弱気な虫が騒ぎだした。 左側は西黒沢源頭へ急降下し、右側はマチガ沢上部へ切れ落ちる崖である。こんな場所で弱気なまま進むのはそれこそ危険だ。再びチャレンジ精神を奮い立たせる。今日はどうも精神が不安定だ。 魔の谷川岳というプレッシャーもあるだろう。また、登山口からここまで人に出会っていないことが不安を増長させているようだ。 時間はさらに遅れるだろう。この時点でオキノ耳登頂は断念した。青春18キップ利用での山旅なので、帰りの電車乗り継ぎも予定に組み込んでいて、下山時刻を遅らせるわけにはいかない。 気合を入れたものの、三点支持での苦しい急登が続く。やがてスラブ状の一枚岩を攀じる。よく滑る。スラブの縁に手掛かりを求めながら進む。雨の日は危険である。 スラブ上で本日初めて登山者と出会った。土合駅を一緒に降りた単独男性で、ロープウェー経由で登頂し、こちらからのルートで下山のようだ。山頂に近い此処で出会うということは、私のペースもそう遅いわけでもないようだ。 立ち話できるような場所ではないので、挨拶だけでお互いの登降に専念する。 ザンゲ岩の付け根を巻くと岩稜は終り尾根道となる。 ホットしたとたんに足が前へ出なくなった。仕方ないのでストックを取り出し、腕力を使い体を前に押し出す。 |
行き先表示板が設置された大きなケルンで天神尾根と合流した。直ぐ下に肩の小屋がある。私は道脇に荷をデポして山頂を往復した。 山頂(トマノ耳)では5~6人が展望を楽しんでいた。この時期遠望は効かないものの、360度の大展望だ。 マナイタグラの鋭い稜線が印象的だ。万太郎山、仙ノ倉、平標山へと連なる主稜線は、この次はこちらへおいで、と招いているようだ。その右奥に大きく薄く苗場山が覗く。 白毛門~朝日岳の稜線は重厚である。清水峠を越えて新潟の山々が連なる。所謂馬蹄形縦走は私の実力を超えているようだ。あこがれに留めておこう。 オキノ耳は眼前である。名残惜しいが時間に追われてデポ地に戻り、おむすび1ケと果物を食して、あわただしく天神平へ向かう。 山頂から天神平へのコースは、山頂付近の急坂を除けば緩やかな下り道で、疲れた足でも標準コースタイムの2時間を切る1時間半で着いた。 こちらのコースは大変な人出なのだろう、山頂付近の植栽が痛めつけられ荒れている。避難小屋から下方は、木道により保護されている状況だ。 振り返ると、大きく丸い穏やかな本峰がやさしい表情を見せている。迎えるときのあの険しい表情を見せた山と、今やさしく見送ってくれる山が同じ山だとはとても思えなかった。 時間を取り戻した私は、余裕を持って4時少し前にゴンドラに乗った。 係りの人全員が見送ってくれた。出札係りの若い女性も出てきて手を振ってくれた。 この1時間後にゴンドラは廃止され、2週間後に隣に新設された高性能のゴンドラが営業を開始するのだ。 何百万もの客を運んだゴンドラも、あと数人でその役を終えるのだった。 2005/9/4 記 |