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大山から紅葉の唐沢川源流を下る 2007/11/13


上唐沢流れ出しの渓谷美、釜に魚影が走る


コース&タイム;
秦野8:12=ヤビツ峠9:00~10:05大山山頂10:30~11:15唐沢峠11:20~上唐沢川源頭11:30~
~沢を下る~小唐沢橋13:10~林道トンネル入口~14:00物見峠14:10~15:00煤ケ谷バス停15:04=本厚木
所要時間;6時間、歩行時間;5時間20分





秋晴れの十一月中旬に私は大山山頂から唐沢峠を経て唐沢川源流に降り、道なき渓流を唐沢林道まで下り、さらに物見峠から煤ケ谷へ下山した。一大観光地である大山の表側とはまるで異なる世界が大山の裏側にはあった。
唐沢川は相模川水系中津川の支流で宮ケ瀬ダム湖へ注ぎ、下流はキャンプ場など俗化が進んでいるものの、大山北側を源頭とするその源流域はめったに人の訪れることがない秘境である。 今回は紅葉を愛でながら、その唐沢川源流の探索を主目的とした山行だ。ところで沢を下るのは予期した以上に困難が多い。 そのうえルートに行き詰ることもままあり、沢は下るものでなく遡行するものであるということが身に沁みた山となった。

小田急秦野駅のヤビツ峠行きバス乗り場には長い列ができていた。座れると見込んでいたのが大間違いだった。列の最後尾に並んだ私は平日八時過ぎの始発バスに乗り切れるかどうかの瀬戸際のようだ。たちまち私の後ろにも列が伸びる。ところが
「遅かったわね、こっちよ、ここよ!」
「ごめん、なんとか間に合ったわ!」などと声を掛け合いながら、後からやってきた何人ものご婦人方が既に並んでいたグループと合流してしまうのだった。
これって、横入りではありませんか!おかげで私はバスに乗れないことが確実となってしまった。腹立たしくも羨ましい図太さではある。 結局臨時便が出ることになり、それを聞いた立客数人が降りたので、私はその間隙を突いてようやくバスに乗ることができたのだった。 今回行程は1時間に1本の便しかない下山場所煤ケ谷のバス時刻に合わせてコース要所の経過時刻をシビアに組んでいるので出足から遅れるわけにはいかないのだ。

満員の乗客がドッと吐き出されたヤビツ峠、出遅れると渋滞に巻き込まれること必至である。私は支度を省いて直ぐに歩き始めた。峠上部の小屋で数人が支度をしていたのを横目に先を急ぎ、どうやら先頭に出たようだ。
峠から山頂までの標準タイムは60分である。私は過去何度かこのコースを登っているがその時間内で歩けたためしがない。今日こそは標準タイムを達成するぞと意気込んで無休憩で頑張った。 ところが年配者二人に追い抜かれ、大分後方にいた女性にも追い付かれてしまった。 私には登山者の標準的持足がないということだ。そろそろ標準時間を自分の基準にするのは止めにしようと思う。

今日の山頂は素晴らしい。表側は陽光に煌く相模湾に浮かぶ伊豆七島、利島・新島までが視界にあり、雲海に点々と頭を覗かす高峰のようでそれは美しい。 裏側へ移ると富士山の右奥には冠雪した南アルプスがクッキリ望まれ、東側の展望地からは新宿高層ビル群の左はるかに筑波山が確認できた。
ところでガイドブックなどには大山山頂は360度の展望と紹介されているが、山頂とされている奥社前からは相模湾側だけの展望である。360度眺めるには各所の展望地へ移動する必要がある。特に奥社裏側からの丹沢主稜の見事な眺めは案外知られていない。 私は既に十数回踏んでいるので10分ほどで山頂を切り上げるつもりでいたのだが結局30分も滞在してしまった。今日の展望はそれほど素晴らしくそう簡単に切り上げるわけにはいかなくなったのだ。

山頂から見晴らし台方面へ下る。急坂を下り分岐を広沢寺方向へ左折すると急に人の気配から遠ざかる。やがてヤセ尾根を進む。このコースを歩く人は少ないようだが道はしっかりしている。紅葉は中腹が見頃で、こちら側は表参道側よりよほど色鮮やかである。
降り立った唐沢峠は小広場になっていて、直進すると三峰山へ至る稜線で、右折するのが広沢寺へ下るハイキングコースである。立派な東屋があり休憩に適した場所だ。 私はこの間の下りを飛ばしたので時間を大分取り戻したものの余裕ができる程ではない。私は休憩を兼ねて付近を探索した。 沢へ下る道は案外明瞭で直ぐに判明した。ところがその入口にはロープが張られ立ち入り禁止の札がぶら下がっていた。札を無視し其処から立ち入ることに気がひけた私は少し三峰側へ登り返し、手頃な場所から山腹を下ってそのまま谷底へ降りてしまった。
降り立った谷底は堰堤の直ぐ上流だった。流れの涸れた源流にいったい何の目的でコンクリート堰堤を建設したのか疑問が湧く。その堰堤は左岸から容易に越えることができた。 この辺りは明るく開け、おまけに左岸沢沿いに鹿除けのフェンスが張られ、秘境と云うには程遠い。大石で埋まった河原は少々歩きにくいものの、尾根道と大差なく私は沢を下り始めた。
緩やかに15分も下ると流れ出しとなる。チョロチョロとした流れは瞬く間に水流が増し、いきなり瀬と釜を形成する立派な渓流が出現した。おまけに魚影が走るのを見た。伏流水が一気に表出したのだろう。 流れの出現とともに河原が狭まり峡谷の趣が濃くなる。周囲からは人工物が消え、ようやく秘境らしくなってきた。 こうなると歩きやすいルートは限られる。入渓者は自然と同じルートを辿るので、人の歩いた気配が濃縮されてしまう。この辺りはまだまだ人の臭いがする。本当の秘境はこの後にやってくるのだった。

荒々しさを増した渓流核心部


両側の山はいよいよ切り立ち、その山肌が頭上に迫ってきた。渓谷核心部に入ったのだ。深い谷底に日差しが届かない場所が多い。そんな中、色づいた枝葉に日が注ぎ、暗い流れの上に浮かびあがり見事に輝いていた。
谷は益々急峻となり、とうとう谷底以外のルートは見出すことができなくなった。人の歩いた気配は全く消え失せた。谷底では歩いた痕跡が残らないのである。この先ルートは自分で判断するしかない。 大岩を乗り越えながら下っていくのは登るよりよほど難しい。そのうえ時折崖に行き詰るのだった。
渓流は必ず蛇行する。その曲線では流れの表となる岸が削られて崖になる。逆にその対岸となる曲線の内側には多少なりとも河原が形成される。片岸だけを下り続けると崖に行き詰る所以である。おまけにそんな場所に限って対岸へ渡れる浅瀬が付近にないことが多い。
私は何度か行き詰ったうえ、とうとう戻るのが面倒となり崖をヘツリ、途中で足が滑って落ちそうになった。落ちたらズブ濡れだ。夏ならともかくこの時期それは適わない。その後は行き詰った際は必ず引き返すよう自分自身に言い聞かせた。
私は途中から流れの法則に気が付いていた。流れが先行きどちら側に曲がるかを見極めておくことが肝心だ。そしてカーブの内側となる岸に手頃な場所であらかじめ渡り返す。そのことに思いが至り行き詰ることは少なくなった。
右岸の三峰側から大きな支流が合流したので地図と照合し、現在位地を正確に把握できた。まだ林道まで長い。神経擦り減り体力は消耗した。疲れていたが休みはしない。この場所を早く抜け出したい思いが強くなったのだ。だがあせってはいけない。 予定した帰りのバスはあきらめよう。次々に現れる大岩はうつ伏せになり後ろ向きで慎重に越えた。
やがて気のせいか渓谷は明るさが増してきた。流れは穏やかな平場が増える。危機脱出か?騙されるなよ!左右の稜線が低く降りてきた。
やがて谷底より少し上部に踏み跡を見出した。辿ると古い石塔が安置されていた。間違いない、ヤマは(この場合はタニ?)越えたのだ。この間の一時間はとてつもなく長く感じた。沢に降りてから100分経過した頃林道に架かる小唐沢橋が見えた。
林道へ上がる詰めは堰堤直上を辿った。その僅かな間私はひどく緊張した。もしスリップしようものならたちまち落差の大きい堰堤の底、奈落の底へ墜落するからだ。 林道に辿り着いて確認すると、入渓する道は右岸山側に一旦大きく高巻いてから降りるようだ。私はこの巻き道を見逃したのだった。 

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