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丹沢蛭ケ岳 1673m  2005/11/9



袖平山から蛭ケ岳を望む

  

コース&タイム
日蔭沢橋ゲート8:00~9:20風巻ノ頭9:30~10:50袖平山10:55~11:15姫次11:30~12:20地蔵平12:30~13:15山頂
山頂13:45~14:45姫次14:55~16:00風巻ノ頭16:10~17:00日蔭沢橋ゲート
歩行時間;7時間半
所要時間;9時間


蛭ケ岳登山(ヒルガタケ)
蛭ケ岳は丹沢山塊の最高峰で、通常は山中1泊の縦走コースとして歩かれている。だが、今回は道志側から東海自然歩道を辿るコースで日帰り往復登山を試みた。
このコースの累積高低差は1300mを超え、私が10年ほど前に歩いた時の記憶でも、厳しかった思いが残っている。
その時より体力が落ちた現在、踏破できるのか不安はあるが、今回はKさんとご一緒させていただくことになり、強い味方を得て蛭ケ岳日帰りに挑戦することになった。
Kさんは丹沢・奥多摩の諸山はもとより槍穂高、剱などの高峰・岩稜を含め数多い登山歴を持つ山のベテランである。もっとも、歩行スピードは私と変わらないようなので、その点迷惑かけずに済みそうだ。

日蔭沢橋登山口(ヒカゲサワバシ)550m
登山口の日蔭沢橋は、道志街道を吉根の集落から左へ分かれ、神ノ川沿いに15分ほど遡った場所で、裏丹沢の登山拠点である。神ノ川林道への分岐点が分かりにくく、その付近で道に迷い民家で尋ねたところ、ご主人が分岐点まで走って案内していただき恐縮してしまった。
今回辿る風巻尾根から日蔭沢~犬越路~西丹沢へと辿るコースは東海自然歩道に指定されている。
此処を起点に檜洞丸へ短時間で直登するマイナールートがある。また、大室山登山の基点ともなっている。
周囲の情景は表丹沢の明るい麓と大違い、切り立った稜線に囲まれた深い谷間の懐で、裏丹沢らしい印象である。
ありがたいことに、神ノ川ヒュッテが管理するきれいな水洗トイレの設備がある。
駐車スペースは空地に4~5台分、他に神ノ川ヒュッテの有料駐車場(300円/回)が利用できるようだが、こちらは未確認である。

風巻ノ頭(カゼマキノアタマ)1077m
犬越路の山腹を隧道で貫き西丹沢と結ぶ林道の車止めゲートをスリ抜けて、林道を少し上り、標識に従い神ノ川(カンノガワ)を人道橋で渡る。
橋上から眺める渓流と紅葉が織り成すグラデーションは格別に素晴らしい。残念なことに、深い谷底に朝日は届かないので、撮影には露光が足りない。
道はいきなり急登となる。ガイドブックによると、ここ風巻尾根は丹沢登山道の中では屈指の急勾配とある。おまけに足元もガレて悪い。東海自然歩道の最難所と云われる所以である。登りはまだ良いが、疲れた足での帰路の下りが早くも思いやられた。
私が先頭をゆっくり歩く。Kさんが後に続く。Kさんは私への気遣いからでなく、どうやら普段からこんなペースらしい。改めて安心した。
風巻尾根(カゼマキオネ)は風が一年中この尾根に絡みつくことから名付けられたと云うが、幸いこの日は穏やかな秋晴れで、風は弱い。
ようやくたどり着いた風巻ノ頭は細長いピークで樹木に囲まれ展望には恵まれないが、適当な休憩場所がないまま一気に500mも稼いだだけに、ホット一息つく場所である。東屋と腰掛テーブルが数脚設置されていた。

袖平山(ソデヒラヤマ)1432m
風巻ノ頭でしばし休憩し、次のピーク袖平山へ向かう。折角稼いだ高度を一旦100mほど鞍部まで下げ、再び長い登りとなる。
時折樹林の切れ目から、右に檜洞丸の稜線が大きく望まれ、左に奥多摩から大菩薩に連なる山々を遠望しながら進む。早くも山頂の大展望に思いが馳せる。またその思いがあればこそ、この苦しい登りに耐えることができるのだ。
展望の良いザレ場を過ぎると山頂は近い。
袖平山の最高点は登山コース山頂からやや左に上がった地点だが、わざわざ寄り道するほどの場所ではないようだ。
山頂は北側を除き展望が開け、付近には黄葉した唐松が点在し、単なる通過点としてしまうには惜しい場所である。
ここから眺める蛭ケ岳は、大きく穏やかな表情を見せている。だが、其の山頂を目指す者にとっては、まだまだ遠くに見え、はたして山頂まで行けるだろうか、と不安を覚える。
振り返ると、大室山がデンと聳え、その豊かな根張りを見下ろす位置にまで上ってきたことを確認した。
袖平山から少し下り、上り返すと姫次に着く。

姫次(ヒメツギ)1440m
姫次は丹沢主稜縦走路との合流点で、右に戻るように下る道が蛭ケ岳へ、左へ進む道が焼山方面へ下る東海自然歩道である。ここは東海自然歩道の最高点でもある。周囲は唐松が多い。
山頂からは檜洞丸から大室山にかけての展望が開け、とりわけ富士山の眺望が素晴らしい。小広い平地にはベンチ・案内板などがあり、休憩場所として最適である。
本日初めて山中で我々以外の登山客数人と出合った。そのうち一組は若い女性の二人連れだった。いずれも縦走中の登山者で、塔ノ岳の尊仏山荘を早朝に発つと、今頃(11:00過ぎ)ここ姫次に到達するようだ。
蛭ケ岳へは、ここで東海自然歩道と分かれて、一旦100mほど高度を下げる。その後、原小屋跡から地蔵平にかけては、天然樹林が豊富な緩やかな道で、落ち葉を踏みしめながらの歩行は快適そのものだ。大詰めの苦しい登りを目前にして、幸せをかみしめるひと時でもあった。


ヒメツギから大室山を望む



奇跡のライダー
山頂まであと僅か、最後の踏ん張り所でのことである。
前方上部に自転車を担いでいる単独男性を認めた。我々は首をかしげて注目していると、やおら男性は自転車に跨り、見る間に我々の場所まで降りてきた。段差の大きい急傾斜の狭い登山道をだ。道を外し、転倒したらタダでは済まない場所である。
男性はかなり年配に見えた。今朝西丹沢を発ち、犬越路~檜洞丸~蛭ケ岳と回ってきたと云う。僅か半日でここまでたどり着くとは、尋常ではない。これから我々が登ってきたルートを下り、林道を西丹沢へ戻ると云う。
合点のいかない我々の顔つきを見て、彼は我々の目の前でパフォーマンスしてみせた。再びマウンテンバイクに跨り、崖に向かって突進した。
「ウァー、落ちる!あっ、危ないっ!!」
次の瞬間に彼はバイクを急停止させ、前輪を宙に浮かせ、後輪を軸にして車体をグルリと半回転させ、その場で方向転換してしまった。
何事もなかったように登山道へ戻り、次に大きな落差を超えてみせた。
階段状の段差では、バイクを進行方向斜に構え、前輪・後輪を交互に浮かせながら尺取虫のように段差を越え、難なくクリアしてみせた。
我々は、口をあんぐりさせたまま、眺めていた。
一通りの演技が済んで、彼はピタリとバイクを静止させ、手を振って、風の如く走り下ってしまった。
裏丹沢には仙人がいたのだった。
その後、山頂間近ですれ違った夫婦連れが、
「スーパーマンとすれ違わなかった?」と尋ねてきた。
詮索好きなそのご婦人は、スーパーライダーの年齢も聞き出していて、58歳とのことである。

2009/08月 スーパーライダーご本人様が、当サイトBBSにお書き込みくださいまして、山サイや山スキーを記録したホームページ友峰を立ち上げていらっしゃる方とわかりました。その後滑落事故によりサイトは閉鎖されました。

360度の大展望
蛭ケ岳山頂はなかなか広い。山頂の中心に蛭ケ岳山荘が建つ。山頂からは遮るものなく360度の大展望だ。
山荘の東側に移動すると、関東平野を隈なく見渡すことができた。澄んだ冬晴れの日には、筑波山も確認できるに違いない。横浜のランドマークタワーが以外にも近くに見える。足元に宮ケ瀬湖が広がる。山荘に泊まると、さぞかし市街地の夜景が素晴らしいことだろう。
南側に移動すると、くの字形の丹沢主稜縦走路を見渡す。丹沢山は棚沢ノ頭に隠されているが、右に折れた山稜の先端に塔ノ岳が聳え、山頂の尊仏山荘までハッキリと認められた。塔ノ岳から右には派生する鍋割山稜が、さらにその先に檜岳三山も眺められた。
南西方向の山頂端部に移動してみよう。そこは足元が深く切れ込み玄倉川の源頭へ落ち込んでいる。吸い込まれそうだ。深い渓谷には水流が光る。
西側へ移動すると、正面に檜洞丸が、その山頂下方に青ケ岳山荘が見える。左は冠雪した富士山が見事だ。富士山の左下方に午後の斜光を反射させ煌めく場所は御殿場の市街地である。さらに左に愛鷹連山がやや霞む。
檜洞丸の右側には、大きな大きな大室山。檜洞丸と大室山の間には三ツ峠と御正体山が、大室山の右奥には薄っすらと八ヶ岳。赤岳も見分ける事が出来た。大室山の左背後には南アルプスが連なる。甲斐駒、仙丈ケ岳、白根三山が確認できた。その外、塩見、悪沢、明石などの主峰は私には区別できない。
北側へ移動してみよう。手前に道志の山並が続く。1000m前後の標高があるはずだが、ずいぶん低く感じる。その後ろに奥多摩~大菩薩~小金沢に至る標高2000mの大峭壁を一望する。こちら側の各山は形に特徴が薄く、私には雲取山さえも見分けが付かない。その中で右端に特長ある大岳山だけは直ぐに同定することができた。
山頂を独占した我々にとって、時間がいくらあっても足りない大展望だった。だが、晩秋の日は短い。既にタイムリミットを過ぎていた。
この時間になって単独中年男性が丹沢山方向から上がってきた。ヤビツ林道の塩水橋から来て日帰りで往復すると云う。下山時刻は夜更けになろうに。

冠雪した富士山、山頂付近より



裏丹沢の仙人たち
我々も明るいうちに駐車地へ戻るのは難しい時間となっていた。下りは代わってKさんが先頭に立った。
Kさんはダブルストックを使用して急斜面をジグザグに降りていく。ストックで巧みにタイミングを取りながらクイックターンを繰り返し下る。まるでスキーのパラレル滑降のようだ。私は必死に後を追う。アレヨアレヨと云う間に姫次へ下りてしまった。
途中で中年の夫婦連れとすれちがった。当然山頂の小屋泊まりだろうと尋ねたところ、地蔵尾根を下ると云う。其のルートは登山地図に記されていないバリエーションルートの岩稜で、特に下りは危険とされている。まして夕暮れが迫る時間だ。 Kさんがコースを変えるようにアドバイスしたところ、その夫婦は既に十数回も其処を登降しているので心配ないとのことであった。彼らの方が余程の熟達者だったのだ。
姫次では、中年男性登山者と出合った。大きなザックを背負っている。これから黍殻山へ向かい其処の避難小屋に泊まり、一人で宴を催すのだと云う。今朝西丹沢を発ち、犬越路を越えて、風巻尾根を上り返し今姫次に着いたところとのこと。明日は、蛭ケ岳から檜洞丸を経て石棚経由で西丹沢へ戻ると云う。あまりに過酷なスケジュールだ。
裏丹沢は、表丹沢と山の様相が大分異なるように、そこを歩く登山者の質も表丹沢とは大きく異なるのだった。
今日山で出合った人々~奇跡のライダー、山頂の単独男性、地蔵尾根を下ると云う夫婦連れ、そして大きなザックを背負った男性、いずれもお手軽登山とは縁のない、妥協を許さない求道者の世界、彼らは己の行の最中だったのだ。

下 山
その後も、Kさんの快速下山は順調に続き、私は相変わらず必死に後を追い、風巻ノ頭に着いた時には予想時刻を短縮し、闇が訪れる前に下山できる可能性が出ていた。
ところで、素早い下りには、バランスと敏捷性と判断力、そして経験が要求される。登るより余程難しい。慣れた者以外、下りを急ぐのは危険である。
Kさんは下りのスペシャリストだったのだ。
丹沢屈指の急勾配にかかり、さすがにスピードが落ちた。闇が濃くなる。Kさんは、早めにライトを点けようと云う。私は無灯火のまま林道まで辿り付けると判断していたが、やはり原則通り安全側に立つことにし、ザックから小型ライトを取り出し装着した。
それからほどなく山道は終わり、神ノ川人道橋へ出た。もうそこは安全地帯だ。
ライトを点けたまま林道をブラブラと連れ立って歩く。充実感が満ち溢れ、疲労感は薄れていった。
つい今朝ほど一抹の不安を抱きながら此処を歩き出したことが、随分昔のように思われた。
ふと見上げた空には星が幾つか瞬き始めていた。

2005/11/16 記

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